肩にかかる重みは
ただの重力といえばそれまでなんだけど。

オレの人生の中で、こんなに心地いいものって今まであったっけってしばらく考えてしまうほどで。


肩にふれた瞬間が、
たったそれだけのことなのに。


永遠はムリだけど、出来るだけ長く続けばいいと思った。





意味をもつ  前




朝は必ず訪れる。


待ってなくても。
待っていてもそれはいつも同じ速度で。

だけど、それぞれその時々の心持ちひとつで速く感じたり遅く感じたりするから不思議だと思う。



その日もはいつもと同じ様に制服に袖を通して、
下に居る両親の元に行き軽く言葉を交わして学校へ向かう。


バスに乗り込み、奥の方の席に座ると30分ほどで着くバス停までいけないと思いつつもうつらうつらしてしまう。
バスのゆらゆら揺れる感覚がの意識を遠くにやる。



ゆらゆらゆらゆら。


水面に漂う感覚ってこんな感じなのかなぁ。
いつまでその心地よい感覚に身を委ねていただろう。


ハッとしてが目をあけると世界が傾いていた。


程なくしてある一定の部分で首が固定されている事を不思議に感じ、横を見る。
「誰・・・?」


見知らぬ男子が1人、
手元の本はそのままに視線だけをに向けて浮かべる表情は、迷惑でも怒りでもからかいでもない。

それをなんと呼ぶのか、の限られたボキャブラリーには当てはまるものがなかった。




「はたけカカシ、高校3年生。」

「え、あ・・・。」


カカシにしたら誰と問われたので答えたまでだ。

「案外落ち着いてるんだ?耳元で騒がれたらどうしよーかなって思ったんだけどね。」


「は?」


「とりあえず、終点だから降りるよ。」


はたけカカシと名乗った男子高校生は、
パタンと本を閉じの手を引いて「2人分ね。」と運賃箱にお金を入れて降りた。


プシューという音と共に、後ろではバスが走り去る音。

なに、これ夢?


「やっぱりね。」

目線の先には時刻表を見て頷くカカシ。




「帰りのバス、夕方までないよ。」


「あの、あの・・・?」

何がなんだか。
パニック以前の問題だ。


「まだ現実に戻って来てないの。とりあえず、ケータイ見てみたら?」


言われるがままに、ケータイを鞄から取りだし開いてみた。


そこには何件か着信履歴と学校の友達からのメールが数件。
ちゃん、今日休み?』『よくわかんないけど風邪で休むってメール来ましたって先生に言っておいたよ。どうしたの?大丈夫?』




あぁ、そっか。
ゆらゆら揺れる感覚で行き着いた先は、都合のいいおとぎの国ではなくて。



寝過ごしてたどり着いたバスの終点が、ここって訳ね。



「理解しました。」

「そ。それはなにより。」

この状況に特に焦る様子もなく、はたけカカシは周りをボーッと見ていた。


その隙には友達に素早くメールを打って、騒ぎにならないように母親にも事実を包み隠さず文章にした。
ただ、男の子と一緒というのは伏せて。


「さーて帰りのバスが来るまでなにする?」


そう言う姿はなんだか
「なんでそんな楽しそうなんですか。」



「ん?ま、キミのお陰とはいえこういうのも面白いなと思ってね。」

「はぁ。だから起こさなかったんですか?」

「まーね。このまま起こさなかったらどうなるのかな、って。あと、」

「あと?」

「気持ちよさそうに寝てたから。あ、よだれは垂れてなかったから安心してー。」

「なっ?!」
なんだこの男。迷惑かけたのは私だけど。



なんか変。




あ、でも一応謝っとかないとダメよね。


「どーしたの?」




俯いてブツブツ言う私を心配して彼が覗きこんだのと、私が顔をあげたのが同じなんて。
こんなのお約束ったらない。


「あの、イッ△*☆@!!!?」
「イッテ!!!」

は頭を、カカシは口の端を押さえていた。


「うわぁ!すすす、すみません〜〜(涙!!」

「ハハハ、肩貸したうえに頭突きされるとはねー。」




「・・・重ね重ね申し訳ないデス。」

は申し訳ないやら恥ずかしいやらで、どうしていいかわからない。
この人がよくわかんないせいもあるのよね。


「ま、起こさなかったこっちも悪いしね。頭突きの件はまぁーお昼でいいよ。」

「ありがとうございます。あ、」

「ん?」


「血、出てる。」


「あー切れたみたい。」


の頭突きで口元が切れてしまったようだ。
学ランの袖で乱暴に拭う腕を掴んで、は鞄から出したハンカチをカカシの口元にあてた。



「・・・汚れるよ?」

「別にハンカチくらい、平気です。ケガさせたのは私ですから。」

「あ、ありがと。」


さっきまでひょうひょうとしてた癖に。
思わぬスキンシップには照れるんだ?


「いえ、そういえば私名乗ってませんよね?」

「あぁ、そーだね。」

、高2です。」



先ほどのカカシの自己紹介を真似た。

、ね。いっこ下なんだ。だから敬語?」

「まぁ、一応。あと諸々の申し訳なさもプラスされてます。」

「くくくっ、まだ気にしてんの?別にいーのに。」

「でも・・・。」

「それよりさ、。」
俯くの頭にポン、と手を置く。

「はい。」





「じゃんけんしない?」







だからなんでトラブルに巻き込まれたのに、この人は楽しげなんだ。
ハァーとひとつ息をつくと、は改めてカカシを見た。

「なぜにじゃんけん?」


「オレが勝ったら、右に行く。で、」

「私が勝ったら左ってわけですね?」


「察しがいいね。」



まだバス停にいる私たちは、帰りのバスが来るまでこれといってする事がなくて。
右も左も田んぼが続くこの先に何があるのか検討もつかない。
それは今よりずっと幼い頃におばあちゃん家がある田舎でした探検にも似ていて。

なんだか少しだけわくわくしてきたかも。



多分それは、巻き込んだのか巻き込まれたのかは定かでないが

この奇妙な出会いと、
少し変わった男子のせいなのは気のせいではないと思う。



「「じゃんけーん」」


「ポン」


「あ、」

「じゃあ、右ね。」

「はーい。」

そうして私と彼は右に歩き出した。




「カカシくん。」




心地いい高揚感と、知り合いが彼1人という仲間意識から私は
つい慣れなれしく、下の名前で呼んでしまった。

少し前を歩いていた彼は、くるっと振り返った。

てっきり訂正されるのかと思ったのに。




「いいね、それ。」




「は?」

「先輩づけとか呼び捨てなら慣れてるんだけどさ。くんづけって新鮮でいいかも。」

気に入ったんかい。

「はぁ。でも仲いい後輩の女の子とかくんづけしたりしません?」

「オレんとこ男子高なんだよね。」



「あぁ、だからか。」

「なんで納得してんの?」

「いやーその、」

「なーに?はっきりいいなよ。」




「いえ、なんでもアリマセン。」
だからちょっと変なのか、なんて口が裂けてもイエマセン。





妙にとぼけたつかみ所のない人。


今日初めて出会ったのに、私の居眠りに最後まで付き合ってくれた。




「見渡す限り田んぼと民間しかないねー。」




カカシくんはんー、っと伸びをしながらのんびりあくびをした。


「そういえば、カカシくん学校は?」

「オレ?」

「そう、アナタです。」

「オレもう大学って推薦貰って決まっちゃってるから。まぁ、だからって欠席すると取り消すぞーって先生うるさいんだけどね。」

「え、あ、じゃあ尚更学校行かないと!」
はとたんに顔から血の気が引くのがわかった。


「んーまぁ、ダイジョーブじゃない?オレお勉強出来る子なのよ。」

得意げに言うけど、普通自分で自分のこと勉強出来るとか言う?

「ばっちり疑ってるねー。」


「そ、そりゃあ・・・・・。」

疑うにカカシは、手を口に添えての耳元でひそひそと囁いた。


「???」

「そこ、オレが来年から通う大学。」

「ま!!!??・・・マジっすか。」
だって、この人こんななのにちょー頭いいんですけど。

「ハハハ、びっくりって顔してるー。」

「そりゃあ、しますよ。」

「なんで?オレってそんな馬鹿っぽい?」

「いや、だから・・・。」

「んー?」



「か、」


「か?」


「変わった人だな、と思って。学校サボってまで私の居眠りに付き合ってくれるし。
 お陰で今日出会ったばっかなのに、妙なことになってるし。なのに頭いいし。・・・・暇潰しとかですか?」


「んー・・・まぁ、最初はね。」

「最初?」

「なんかすっごい気持ちよさそうに寝てんなーと思ってたら、ちゃっかりオレの肩で寝てるし。
 このままほっといて起きた時どんなリアクションするのかな?って。

 まぁ、学校行ってもそこらじゅう受験受験で、どいつもこいつもピリピリしてるからつまんないしさ。」



どっちかっていうと後者が本音だな。



「それで現実逃避ですか。」

「別に逃げたいわけでもなかったけどね。ま、そんなとこ?」


「・・・趣味とかないんですか。」

「趣味?んー後輩いじり。」

「部活とか。」

「引退した人がちょくちょく顔出しにくるんじゃありません、ってテンゾウが怒るから行けないのよ。」

「部活はなにやってたんですか?」

「サッカー。」

「へぇー意外。」

「そう?」

「聞いといてなんですけど、部活とか馬鹿らしいってタイプかと思いました。」

「うん、よくわかったね。オレも最初はそう思ってたんだけどね?サッカーはけっこうはまったんだなー、これが。」

「もうやらないんですか?」




「さぁねー。アイツら以外とはやる気しないからなぁ。」




大切なチームメイトなのだろう、想いを馳せるその表情はが初めてみる穏やかなものだった。



歩きながら2人、特にあてもなく他愛ない会話を重ねる。

は?部活してないの?」

「あー前はしてましたよ。」

「やめたの?」

「まぁ、のっぴきならない理由がありまして。」




「ぷ、アハハハ。」




「なんで笑うんですか?!」

さぁ、人のこと変だ変だって言うけど自分もけっこーいい線いってるよね。」

「おっしゃる意味がワカリマセン。」

「だって、普通女子高生がのっぴきならないとか使う?バスでも全然焦らないしさ、変に落ち着いてるというか。」

くくくっ、とまだカカシくんは笑っている。


別に普通だもん。
カカシくんの方が変だもん。



「ごめーんね?ちょっとからかったからって拗ねないでよ。」

「拗ねてません。」

「ねーねー機嫌なおして?」

顔を反らしたの頬をカカシが面白そうにつついている。




「ツンツンするな///!!」



なんだか街に溢れるバカップルのようだ、とが真っ赤になって答えても
それはカカシを喜ばせるだけだったようで。


ってば、かーわいいv」

くそぅ、そういえばさっきこの人趣味は後輩いじりって言ってたっけ。
あぁ、帰りの時間までもつのかな。とは帰りのバスがずっと先に思えてしかたなかった。

カカシと話しながら、だいぶ歩いてきた。



ようやく商店街らしきものが見えてきたのでそこに向かおうと、


2人が角を曲がったその時。


「ほォ、制服着たガキとはこれまた珍しいモンがおるのォ。」



げ。


お巡りさん!?


そんなの焦りを後ろに隠すように立ち、カカシはにっこり笑って答えた。

「オレたち今日創立記念日で休みなんですよ。前からバスの終点まで言ったらどこに着くのかって話してて、な?」

「あ、うん。そうなんです。」
せっかくついたカカシくんの嘘がバレないように、少しカカシくんに身体を寄せて私はぎこちない笑顔で答えた。


そんな会話を疑いの目で見るお巡りさん。


「あぁ、制服なのはホラ、お巡りさんも学生の頃しませんでした?制服デート。こいつ、どうしても制服デートしたいって聞かなくて。」


「制服デートのォ。若いっつーのは眩しくていいがな。こんなとこ来てもなーんにもないぞ。」


「まぁ、別に一緒にいれればどこだっていいんですよ。そんなもんでしょ?」

若いカップルの会話など聞いてもなんの得もないと思ったのか、警官の男はフッと息を吐いてあっちいけという手振りをした。
が、何か思い出したのか突然カカシの腕を掴んで耳打ちした。




‐この周辺には連れ込むとこなんてないからのォ。変な気は起こさん事だ。



「はぁ?アンタ警官だろ?!」
アハハハ、と笑うお巡りさんをよそに眉間に皺を寄せながらこっちに来るカカシくんに、何て言われたのか聞いてみたけど、
は知らなくていい。」とちょっと不機嫌気味に言われた。





でも、カカシくん。
「なんか顔赤いような・・・?」


私の方みないし。


「行くよ、。」
お巡りさんには見向きもせずに、カカシくんは私の手を掴んでどんどん歩いていった。
私は振り返ってお巡りさんに会釈すると、「暗くなる前に帰れるんだぞー。」と手を振っていた。



ま、いいか。
あーでも何だかまだドキドキする。


手っていつまで繋ぐのかな。



「カカシくんって。」

「ん?」

「いつもあんな風に補導から逃れてるんだ?」


私の発言に急に足を止めたカカシくん。


「???」



「バーカ、お巡りさんに声かけられたのなんて初めてですけど。」
いつもは見つかるなんてヘマしないからなァ。

「嘘だぁ。」


「ホーント。ホラ、触ってみて?」

そう言って繋いでいたの手を自分の心臓に当てた。





あ、ドキドキしてる。


「ね?」

あんなにひょうひょうとしてるから、慣れてるんだと思ったのに。


ちょっと意外で、


すごく大人に見えてたカカシくんが。

ちょっとだけ身近に感じて。


顔をあげると目があって、
2人でクスクス笑った。



「えへへ。カカシくんて結構小心者なんですねぇ。」

「よーく言う。なんてテンパりすぎて顔真っ青だったくせに。」

「そんなことありませんー。」



2人の楽しそうな笑い声が、自然溢れる田舎道にこだましていた。
すれ違う老婆たちが目を細めて見ていく。





それほどに2人の空気は和やかで、今日出会ったとは思えないものだった。












現代パロディ第2弾v
あちらが大人な世界なら、こちらは青春の甘酸っぱさ満載ですw